わたくし遺産
私には、兄がいました、イヤ、います。兄は、いつも何も言わずに私を助けてくれます。
「外国でワイン造りを学びたい」
家族の反対の中、貯金を切り崩しそっと渡してくれたのも兄でした。
今年、初めて任され仕込んだワイン、いつか兄と飲もうと熟成させています。
その時が、訪ねるのは、もうこない。
そんなメールを受け取ったのは、収穫で忙しい11月でした。
「刻んだ時と共に今を知るのがワインだ」教わった先輩の言葉を繰り返しながら、仕込みに没頭しました。手本であった兄、サッカー部、蟹コロッケ、葡萄、好きな食べ物までいつも真似ていました。ここスペインへ来た時が、背中を追うことを辞めたその瞬間だったかもしれません。
瓶の中の液体は、時を刻むに連れどんな味わいに変わってくるのか。記憶の中の兄との思い出も同じに表情が変わってくるのだろう。いつか開けた時、どんなアロマが、香りたつのだろう。私の遺産は、セラーの片隅でその時を待ち続けています。